鳥海山と遊佐町湧水群MT. CHOKAI & YUZA SPRINGS
MT. CHOKAI & YUZA SPRINGS
Water Town Lying in The Foothills
山形県の北端、県を人の横顔に見立てるならば「おでこ」の位置にある遊佐町は湧水が豊富な土地である。その源は山形と秋田に跨がる標高2236mの高峰、鳥海山。度重なる火山活動によって形成された地層が、雨水や雪解け水を濾過し、麓に湧水の恵みをもたらしてきた。噴火によって流れ出た溶岩の形に合わせて、こんもりと木々が茂っているため、鳥海山は麓との境目が明瞭である。そんな山の縁から湧水が湧き出している。
遊佐町には、湧水が作り出した美しい景観が数多くある。山裾をなぞるように流れる牛渡川はそのうちの一つ。水源のほとんどが湧水である透き通った流れの中を、綺麗な水の象徴である梅花藻が、ゆらゆらとたなびいている様子が眩しい。そこから100mばかり上流にある杉林の中に一歩足を踏み入れると、光と音が遮られ、一気に静謐な空間に変わる。杉林が水面に映り込み、まるで深い森の中に入り込んだかのような錯覚を覚える。
牛渡川のすぐそばに位置する丸池様という池も湧水によって出来たもの。水底から噴き出し続ける湧水が、池の水を絶えず新しくしていて、水中は真空の冷蔵庫のように保たれる。数十年前の倒木さえ朽ちずに残っているという。その名が示す通り、池自体が御神体であるため、人の手を加えることが許されておらず、池の周囲も手つかずのまま鬱蒼としている。時折、魚の泳ぐ影が見られるのだが、その魚の種類すら明らかにされていない。
有史以降も数々の噴火を引き起こした鳥海山は、麓の人々にとって畏怖すべき信仰の対象であった。それは山からもたらされる水の恵みに対しても同様である。町には湧水を汲み取れる箇所が点在しているが、その多くに仏像や祠、紙垂などが設けられており、信仰心とともに大切に利用されてきた様子が窺い知れる。神泉の水(かみこのみず)とよばれる湧水場は、段ごとに水の利用方法が決まっており、清浄な水を守りながら何代も受け継がれてきた。
豊富な湧水は町の中にも見られる。遊佐町の中心部には300ほどの自噴する井戸があり、敷地内に湧水場を持つ家庭も珍しくない。集落周辺で井戸を掘れば大抵の場所で湧水が出るという。さらに、鳥海山の山裾は日本海に浸るように広がっているため、海底からも湧水が噴き出す。釜磯海岸では、噴き出す湧水によって浜の砂鉄と白砂が分離され、斑模様の不思議な景観を生み出している。山から海に至るまで、町中に湧水が溢れている。
鳥海山に染み込んだ雨水や雪解け水が再び麓に湧き出るまでには、長いものでおよそ20年の歳月を要するという。蛇口をひねれば飲み水が出る日本において、自然の恩恵をこんなにも肌で感じる機会はそう多くない。人智を超えたものへの畏れと、そこからもたらされる豊かな恵みとの狭間で、遊佐の人々が築いてきた水との関係性には学ぶべきものが多い。
霊峰に磨かれた澄んだ味わいの水は、
コーヒーを淹れるのにもぴったりです。
※データは検体場所・時期によって個体差が生じます。
※地図出典元:国土地理院 電子地形図(タイル)
※味の素AGF調べ